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プラモデル遍歴

物心ついた時からやってる趣味はこれと釣りの2つだけかなぁ。年季だけ無駄に入ってますが、腕前はもう視力と一緒に衰えるばかり…。

そんなプラモデル作りですが、一番最初につくったキットは何かを思い出すと、おそらくタミヤのリモコン戦車シリーズのどれか。どの戦車だったかはさすがに覚えていませんが、付属の接着剤が足りずに木工用ボンドとかセメダインを使って無理矢理組み立てて動かした記憶があります。小学校に上がる前で、母親がパートで働いている間の暇つぶしに与えてくれたものだったような。ひらがなの児童本がギリギリ読める程度のお子様に、当時のプラモデルとしてはおそらく高かったであろうリモコン戦車とか、知らない環境で兄妹だけで暇つぶしさせる羽目になった私への、母親の精一杯の気持ちだったのだと思います。
そんな母親の優しさの塊だったはずの戦車、よりによって小学一年生の夏休みに悪友と花火で爆散させたんですよね。いやー…死んだらあの世で母ちゃんに土下座で謝らないといかん。この時の火遊びの件も含めてね( ̄□ ̄;)
ま、やっぱり小さなお子様にはスケールモデルは難しすぎたってのもあると思います。その後特にプラモデルをせがむこともありませんでした。


しばらく時は流れて小学1年生の秋。この頃から近所の2つ年上のお兄さんと釣りを中心によく遊ぶようになり、彼からプラモデルについていろいろと教えてもらいました。ガンプラは人気がありすぎて入手しづらく、もっぱら話題はダグラムだったかなぁ。もっとも3年生と1年生なので、ガッツリとプラモを作る技術も財力もなく、誕生日とかにおねだりして買ってもらった完成品に、炭や絵の具で汚しをして遊んでたのでした。あの完成品はメタルモデルで出来が良かった。今でもちょっと欲しいです。
プラモデルと言って良いかは微妙でしたが、その頃ビッグワンガムにはガッツリとはまりました。毎週2日間、学校が終わると親がやってたとなり町の塾までついて行き、帰りに寄るスーパーでこれを買って貰うのが習慣に。ここでも母親の気遣いを感じられますね。作ってる最中はおとなしくしてるので、コストパフォーマンスは漫画とかより高いと思ってたのかも。


ようやくプラモらしいプラモを作り始めたのは小学2年生か3年生の頃だったかな。フルアーマーガンダムをお小遣いで買った気がします。あとグンゼの水性カラーをいくつか。プラモ狂四郎やらMSVやら全盛で、例のお兄さんがジムスナイパーカスタムを作ってるのを見て欲しくなったんだっけ。完成した記憶がないので、いきなり塗装と意気込んだ割に技術がなくてすぐ飽きたんだと思います。
ここから完成する、しない、アニメかスケールかを問わず、少しずつプラモデルを作るようになります。接着剤と爪切りと筆と塗料といった道具が曲がりなりにも揃い、プラモ狂四郎や近所のお兄さん、子供向けHowto本から知識を得て、年相応の根気もついたのでしょうか。ボトムズ、ダンバインシリーズ、エルガイムシリーズをお小遣いで買い、1/700の艦船なんかの大物や塗料、道具類はじいさんにねだり、小学4,5年生の頃には簡単な塗装をして、年に3,4つは完成させるくらいにはなってました。他にはガリアンとか買ってたかなぁ。ダーナオシー、ビルバイン、ガリアン、スコープドック、ストライクドック、アシュラテンプル、エルガイムMk.II、1/700の長門?、1/350と思われる大スケールの武蔵、おじさんに買ってもらったリモコン戦車のエイブラムズ、パーフェクトガンダム、可変モデルのVF-1あたりは形になったのかなぁ。オーガスは部品を壊して泣いたような。


そして小学校高学年、というか多分6年生の頃、Zガンダムが放送開始しました。久しぶりのガンダムってことで世の中結構盛り上がってたように思います。当然作るキットはZシリーズ、安い1/144中心となりました。友達なんかもこのあたり結構買ってて、皆で出来映えとか進捗を話した記憶があります。お小遣いも少し増えたせいか月に1キットくらいは買ってたはず。完成するのは半分くらいでしたが。
相変わらず筆塗り中心で、パテで簡単な合わせ目消しをするくらいのショボい腕前だったと思いますが、とにかく改造やフルスクラッチにあこがれてあれこれやったような。プラモ狂四郎→ホビージャパンと模型誌も順当にクラスチェンジしましたが、腕の方がついて行かず。
当時の思い出として、何かの暇つぶしとして1/100 ガンダムMk.IIを母親が買ってくれたことがあります。何かの病気だったのかケガだったのか、はたまた単に連休の留守番だったのか、このあたり記憶が無いのですが。なんにせよ母親の中では自分の暇つぶし用ご褒美=プラモって図式が完全に出来上がってたみたいですね。ちょっと照れくさくて、本当は友達と同じ1/144が良かったと正直に言えず、ただ完成を目指して黙々と組んだものです。もっとも、そのキットの出来映えは今のMGの原点と思えるほど素晴らしく、組み始めてすぐに1/100で良かったと夢中になりました。指が動いたり各武装が脱着出来たり。これがきっかけで、その後1/100 Z、ZZを作りました。これらは今のMGシリーズの走りなのかもしれません。


やがて中学生になり、プラモにかける時間がガクンと減りました。学校生活の忙しさ+趣味にTVゲームとパソコンが大きく食い込んできたためです。ただ、買ったキットを完成させる割合は逆に上がったかもしれません。ZZシリーズは全盛期にガザD、ドライセン、ZZ(1/100)を買い、ZZ以外は塗装までしてきちんと仕上げています。ZZは…パチ組だけだったかなぁ。
あとはエリア88と出会い、飛行機プラモにも手を出しました。ハセガワ1/72 A-10とA-8Fで惨敗したものの、たしか1/144くらいのアリイ?だかのキットがあり、それを10機以上組んでるはずです。価格も100~200円と安く、毎週のように買ってたような。たまに100円ショップで売られるのがどうやらコレみたいです。
他にはドラグナー、レイズナーだったかなぁ。主役機を買うくらいでしたが、ホビージャパンは惰性で買っていたので気が向いた時になんとなく。飛行機の塗装で筆塗りの難しさを痛感し、エアーブラシにあこがれる一方、プラモデルに対する熱意は急激に無くなっていった気がします。

そんな感じで少しずつ趣味がシフトしていき、10代後半はほぼゲームとパソコンに費やす生活だったのですが、ピンポイントでプラモブームが来たこともありました。OVAのガンダム、ポケットの中の戦争がそれです。高校1年の冬、友達がビデオを貸してくれたのがきっかけだったかと。キットの出来が飛び抜けて良かったんですよね。これが今のHGシリーズの走りだったと思います。個人的に当時苦手だった水陸両用MS2体(ハイゴッグ、ズゴッグE)と出来の悪かったケンプファー以外は全部買って作りました。ジムコマンドが特にお気に入りで、4,5個買って小隊にしたんだっけ。今の自分のジム好きはここから来てるのかな…。

しかしその後、大学に入ってからは環境が一変したせいもあって、プラモデルから長く遠ざかります。惰性で買っていたホビージャパンもやめてしまいました。3.5畳の狭い自室が限界に来たこと、その後とうとう一人暮らしを始めたことで、時間的、金銭的というよりスペース的な問題が大きかったのだと思います。
やがて引っ越しを重ねる毎に道具を失い、実家では自室が無くなり、10代からの模型関係の品はすべて失われました。OVAガンダムのDVDを見た勢いで、気まぐれにMGシリーズを1,2体買ったけど、子供が生まれてうやむやになり手も付けず。気がつけば20年経過。


再開のきっかけはこのブログの過去記事に書いてあるかもしれませんが、メテオというお手軽なエアーブラシが発売された事を知ったことです。実家の敷地内に家を建て、おそらく最後の引っ越しを終え、自宅横には物置代わりの離れがあります。スペース的な問題はクリア済みです。やるしかないよね。
というわけであとはごらんの有様。物置の壁を埋めるほどの積みプラを抱えつつ、老眼と闘いつつでそろそろ4年くらいなのかな。まだ当分飽きそうにありません。というか、積みを消化するまで飽きるわけにはいかない(笑)


なんでこんな話を急に…というと、今月に入ってですね、その離れの塗装スペースが侵略の危機にさらされましてね。具体的には友達とキャッキャウフフする秘密基地スペースが欲しい娘と、ご近所さんと家飲みしたい嫁さんに、半分のスペースを持って行かれたわけですよ。3日前に様子を見たら、娘が友達と一緒にホワイトボードにイラストを描いたり、ドアに手紙入れを設置したりと、ちょっとした隙にものすごい女子スペースに様変わりしておりました。ちょっとギャンの塗装を…とはいかない雰囲気ですげー入りづらいです('A`)

あー…レトロPCとプラモデルを陳列して、漢の趣味部屋にする秘密計画がここで潰えるのか( ̄□ ̄;)


追記:書いた後そういえば…をちょこちょこ
・はじめて買ったプラモのHowto本は確か「プラモデル大百科」とかだった気が。豆本サイズで分厚く、内容も多岐にわたっていました。Dr.スランプアラレちゃんのキットとかダグラム、ザブングルとかのキャラモノだけでなく、RX-7やルノー5ターボといったカーモデル、定番の戦車や戦艦、飛行機。飛行機はA-10が載ってたんだっけか。無理な改造もしていなくていい本だったと思います。
・プラモ狂四郎は全巻持ってたはずなんですが…。自室喪失と同時に失った貴重なものの一つです。あぶない!ルナ先生とかかっ飛ばせキヨハラくんとかも(笑)
・ホビージャパンは中高6年分がしばらく実家裏の物置に入っていましたが、実家の裏山が土地開発で無くなった時、台風による浸水とカビでやられて母親によって廃棄された模様。この時の物置の被害は個人的に甚大で、MSX関連の本体とゲーム、PC-88系ゲームも廃棄の憂き目に遭いました。88系はエミュ用のイメージバックアップが今も残っていますが、パッケージがねぇ。
・ホビージャパンは当時フルスクラッチがやたら多かったように感じます。無発泡ウレタンとかバキュームフォームとか、もはや模型作りといえるか怪しいものすごい力業を出される度に、いつかは自分も…と思いつつガッカリだった('A`)
・HGUCシリーズの先駆けとして発売された1/144ガンダム、Zガンダムを持ってたのですが、組んだ記憶も手元に現物も無いので、これも自室喪失と物置浸水コンボに巻き込まれたものと思います。再販はほとんどされていない貴重品なはず。
・気まぐれで買ったMGはEz-8とケンプファー。こちらは両方ともありまぁす。手を付けていない状態で引っ越し段ボールに10年放置されたゆえに現存した幸運なキット(笑)
・カーモデルは買ったり作ったりが極端に少なかったです。Howto本に触発されて買ったRX-7が高かったうえにすげー難しかったのが遠因かな。F1ブームでレイトンハウスとティレル020を買い、ティレル020が唯一満足いく完成品。今は206WRCだけ手を付けずこっそり持ってます。そろそろ作らないとデカールが死ぬな…。
・カーモデルよりさらに少ないのが戦車。なんか兵器として琴線に触れなかったというか。ガルパンが30年前にあったらガッツリはまってたと思いますが、その頃はマクロスとエリア88だからなー。
・中学時代のプラモ入手先は学校そばの文房具屋さんでした。文房具屋のはずなのに、店舗の半分くらいがプラモで埋まってた記憶が。そしてなんとこのお店、今でも営業しててプラモデルもちょこっと売っています。おばちゃんも当時のまま元気。すげー。
・昔からバンダイのプラモデルのお世話になりっぱなしと思いきや、こうして記憶を掘り返すとタカラ系の方が多いみたいです。ダグラムとかガリアンとかボトムズとか組みたいけど入手難でつらい。先日ガリアンのキットがハードオフにありましたが10倍くらいのプレミア価格になっててドン引き。

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